こんにちは、悟りコンサルタントの大場麻以です。
「悟り」と聞いて、どんな姿を思い浮かべますか?
山奥にこもって修行をする。
滝に打たれ、精神統一を続ける。
欲を手放し、静かで、穏やかで、立派な人になる。
もしそんなイメージを持っているなら、少しだけ立ち止まってみてください。
起業家として生きるあなたが目指すべき悟りは、そこにはないかもしれません。

答えのない探究は、終わらない
精神的な探究は、目に見えない茫漠とした世界です。
答えがないからこそ興味を惹かれ、終わりのない研究を続ける人もいます。
けれど、答えのない世界には終わりがありません。
だから「目の前のやるべきこと」が明確な起業家は、結論が出ないまま、こう落ち着きがちです。
「やはり、現実的な手法や行動が大事だ」
でもそれは、とても勿体無いことです。
私も勘違いしていた
実は私にも、悟りを勘違いしていた時期があります。
周波数を高め、悟りを深めていくことは、心のどこかで「自分ではない素晴らしい誰かに変貌していくこと」だと感じていたのです。
実際、スピリチュアリストの方々からは、欲がないことを褒められたり、売上を追求せず愛を大切にすることを称賛されたりしました。
「悟っている」と言われることも多いであろう彼らは、端的に言えば「丁寧で洗練された静かな大人」です。
それは、どこか立派な姿に思えました。
けれど、ある日眠りから覚めた瞬間にすべてを悟ったとき、理解したのです。
「今この瞬間の自分」が、すでに完全であるということを。
どんな思想を持ち、何を望み、何を好み、何を嫌い、何をしようとも、すでに完成していて、それが崩れることはありません。
いずれ全員「上がり」になる
人は何度も転生を繰り返し、いつかは悟ります。
いつかは全員、「上がり」になるのです。
違うのは、そこに至るまでのプロセスです。
そしてプロセスの差とは、やりたいこと、体験したいことの差です。
多くの人は「上がりたい」という想いで悟りを目指します。
けれど、肉体を持ち、自我を持つ私たちには、今の自分にしかできないこと、今の自分だからやりたいことがあるはずです。
目指すべきは、悟った人間として楽しみ尽くすこと

今を生きる私たちに必要な悟りは、山奥で修行し、非日常体験に明け暮れ、精神統一し続けるものではありません。
目に映る現実を愛し、ポジティブもネガティブも問わずに体験のすべてを味わい、自分を最大限に謳歌することです。
未来に不安を覚えて、心を病む。
目標の達成が不可能に感じられて、行動が止まる。
無力感を覚えて、塞ぎ込む。
他人や世の中に憤って、自分の本筋から逸れる。
そうして「本当はもっと、こういうことがやりたかった」という魂の課題、ソウルタスクのやり残しを出さないための在り方。
それが、悟りなのです。
私たちの本質は源意識であり、根源であり、神性そのものです。
その神性を発揮する悟りとは、「悟った人外」になることではありません。
「悟った人間」として、自分の人生を楽しみ尽くすことなのです。
完全な自分を信頼して、思い切りやっていい
悟りを深め、在り方を極めていく過程に誠実であるなら、道から外れることもありません。
外れそうなときには、直観で気付けるくらい、高次元と繋がっているからです。
だから、道を外れることを心配しなくていい。
完全な自分を信頼し、思い切りやっていいのです。
悟りとは、何よりも楽しく、自由で、豊かなもの。
そしてビジネスは、それを加速させ、拡大させていく活動です。
あなたが目指す悟りは、修行の先にある悟りですか?
それとも、人生を楽しみ尽くす悟りですか?














