9割の起業家が勘違いしている「悟り」とは?コーチが目指すべき悟りの本当の姿

こんにちは、悟りコンサルタントの大場麻以です。

「悟り」と聞いて、どんな姿を思い浮かべますか?

山奥にこもって修行をする。

滝に打たれ、精神統一を続ける。

欲を手放し、静かで、穏やかで、立派な人になる。

もしそんなイメージを持っているなら、少しだけ立ち止まってみてください。

起業家として生きるあなたが目指すべき悟りは、そこにはないかもしれません。

答えのない探究は、終わらない

精神的な探究は、目に見えない茫漠とした世界です。

答えがないからこそ興味を惹かれ、終わりのない研究を続ける人もいます。

けれど、答えのない世界には終わりがありません。

だから「目の前のやるべきこと」が明確な起業家は、結論が出ないまま、こう落ち着きがちです。

「やはり、現実的な手法や行動が大事だ」

でもそれは、とても勿体無いことです。

私も勘違いしていた

実は私にも、悟りを勘違いしていた時期があります。

周波数を高め、悟りを深めていくことは、心のどこかで「自分ではない素晴らしい誰かに変貌していくこと」だと感じていたのです。

実際、スピリチュアリストの方々からは、欲がないことを褒められたり、売上を追求せず愛を大切にすることを称賛されたりしました。

「悟っている」と言われることも多いであろう彼らは、端的に言えば「丁寧で洗練された静かな大人」です。

それは、どこか立派な姿に思えました。

けれど、ある日眠りから覚めた瞬間にすべてを悟ったとき、理解したのです。

「今この瞬間の自分」が、すでに完全であるということを。

どんな思想を持ち、何を望み、何を好み、何を嫌い、何をしようとも、すでに完成していて、それが崩れることはありません。

いずれ全員「上がり」になる

人は何度も転生を繰り返し、いつかは悟ります。

いつかは全員、「上がり」になるのです。

違うのは、そこに至るまでのプロセスです。

そしてプロセスの差とは、やりたいこと、体験したいことの差です。

多くの人は「上がりたい」という想いで悟りを目指します。

けれど、肉体を持ち、自我を持つ私たちには、今の自分にしかできないこと、今の自分だからやりたいことがあるはずです。

目指すべきは、悟った人間として楽しみ尽くすこと

今を生きる私たちに必要な悟りは、山奥で修行し、非日常体験に明け暮れ、精神統一し続けるものではありません。

目に映る現実を愛し、ポジティブもネガティブも問わずに体験のすべてを味わい、自分を最大限に謳歌することです。

未来に不安を覚えて、心を病む。

目標の達成が不可能に感じられて、行動が止まる。

無力感を覚えて、塞ぎ込む。

他人や世の中に憤って、自分の本筋から逸れる。

そうして「本当はもっと、こういうことがやりたかった」という魂の課題、ソウルタスクのやり残しを出さないための在り方。

それが、悟りなのです。

私たちの本質は源意識であり、根源であり、神性そのものです。

その神性を発揮する悟りとは、「悟った人外」になることではありません。

「悟った人間」として、自分の人生を楽しみ尽くすことなのです。

完全な自分を信頼して、思い切りやっていい

悟りを深め、在り方を極めていく過程に誠実であるなら、道から外れることもありません。

外れそうなときには、直観で気付けるくらい、高次元と繋がっているからです。

だから、道を外れることを心配しなくていい。

完全な自分を信頼し、思い切りやっていいのです。

悟りとは、何よりも楽しく、自由で、豊かなもの。

そしてビジネスは、それを加速させ、拡大させていく活動です。

あなたが目指す悟りは、修行の先にある悟りですか?

それとも、人生を楽しみ尽くす悟りですか?