私がコーチに「在り方で売れる」悟りとビジネスの統合を教えるようになった理由

こんにちは、悟りコンサルタントの大場麻以です。

私はコーチやコンサルタントが、ただ在るだけで100万の契約をお願いされるための「悟り」を教えています。

私は2014年頃から10年以上、コーチとして活動しています。

独立、月商7桁、セミFIREと起業を成功させ、今でこそ「これは自分の天命」という当たり前の確信のなかで生きています。

しかしこれまで紆余曲折、様々なことがありました。

ここでは、普段あまり話す機会のない私自身の話についてご紹介したいと思います。

生まれ育った家庭

私はコーチングの資格も持ちつつ企業の社長を務める父と、個人事業主としてカウンセリングや講師業を行う母のあいだで育ちました。

二人とも、傾向は異なるものの生まれついて霊感があり、対人支援を生業の一つとしていて、そして本質的には自由人です。

「人と違うことをするのがカッコいい」とうっすら思っていて、仕事が好きで、人混みが苦手で、「あそこは気が悪いよね」といった話題が当たり前に繰り出される両親。

そうした環境で育ったこともあり、私は先天的にも後天的にも、両親の資質をほとんどそのまま引き継いでいると言っても過言ではないかもしれません。

しかしそれは若い頃ほど、恩恵よりも生きにくさや違和感の元になることの方が多かったのも事実です。

たとえば「人と違うのがカッコいい」と私もうっすら思っていましたが、それは思春期においては集団に馴染めない原因になりました。

人の本質が視えてしまうがために、どれだけ世間的に好評な人物でも「この人嘘ついてるのに」と好きになれなかったり、

人のエネルギーに過敏なため、よく神社や自然豊かな場所を拠り所にしていましたが、「学生なのに疲れたOLみたいだね」と揶揄されたりもしました。

しかし大人になってみれば「悟りとビジネスの統合を、エンパワメントの連鎖の起点となる対人支援者にお教えする」という、私が人生を懸けてやりたいことのために、すべて必要なことだったと理解できます。

今の私があるのはこの家庭で生まれ育ったからであると言えます。

両親には感謝しかありません。

命と向き合った幼少期

ここまでの話だけを聞くと「さぞ幸せな人生だったのだろう」と思われそうですが、幼少期はそれなりに苦労もありました。

私が5歳の頃、自分の誕生月に弟を亡くしました。

弟は生まれつきの心臓病で入院している期間が長く、弟が家で過ごした時間はあまりありませんでした。

だからこそかもしれませんが、弟とどんな玩具でどう遊んでいたかは、今でもよく覚えています。

母は看病のために、頻繁に付き添い入院をしていました。

母が不在のあいだ、家には祖母や遠縁の親戚が交代で訪れ、幼稚園に通う私の世話をしてくれていました。

弟の臨終の際に病室のベッドに縋り付いて号泣する親族、家に返ってきた大きな棺桶、夜も回り続ける回転行燈、火葬炉に棺が搬送されるときの周りの啜り泣き、骨を拾うときの非現実感、すべてよく覚えています。

私はその間、意地でも泣きませんでした。

なぜなら弟が亡くなる少し前に、祖父が私を散歩に連れ出し

「弟は持病でもう長くないから、まいちゃんがしっかり皆を支えるんだよ」

と私を諭していたからです。

5歳の子供にそんなことを言わなくても……と今なら思いますが、祖父は小学校の教頭先生で、非常に厳格な人でした。

私はそのタイミングでしっかり大泣きしておいて、その後は絶対に人前で泣かないと決めていたのです。

その瞬間を耐えれば、悲しみも過ぎ去ると思っていました。

それなのに、弟を亡くした傷が癒える間もなく、その祖父さえも翌年に亡くなりました。

弟のときは心の準備がありましたが、祖父の訃報はあまりにも突然でした。

「人って突然、すぐに死ぬんだ」と、とてもショックでした。

死を意識しすぎる学生時代

それから暫くは、数珠とお線香の香りとともに過ごす幼少期です。

身内が立て続けに亡くなったため、「毎月のようになんらかの法事がある」という日々が長く続いていきました。

しかしこの一連の出来事が、私の人生の大きな転機だったことは間違いありません。

「人はすぐに死ぬ。皆明日死ぬかもしれない。私も今日死ぬかもしれない。じゃあ私は、何のために生きたらいいんだろう」

小学校に入学してからは、教室の窓の外を眺めながら、空に浮かぶ雲の隙間を見て「あそこにおじいちゃんも弟もいるのかなぁ」なんて思いながら、自分の人生の目的について考え始めました。

しかし、

「人はいつ死ぬかわからないのだから、人生を大切にするのは当たり前。目の前のことを一生懸命やるのは当たり前」

という概念が呪いのように根付き、周りのクラスメイトに対して違和感を覚えるようになってしまったのです。

それは中学、高校と進学していくほど顕著になりました。

たとえば何かを頑張らない人、誰かを悪く言う人、目の前の楽しさだけを純粋に追い求めてる人に対して、

「なぜ目の前の人を大事にしないんだ(いつ死ぬかわからないのに)」

「なぜ本気で頑張らないんだ(いつ死ぬかわからないのに)」

と行き場のないモヤモヤをずっと抱えることになったのです。

そんな性分だったため、人間関係においては悩みごとの尽きない学生時代でした。

人生の本質に気が付き始める

それなりに生きにくい学生時代を送ったものの、実は常に「私は間違ってない」と謎の自信を持っており、特に大きな挫折はないまま、悩みや苦悩の大半を10代でだいたい一巡し終えました。

大学時代、就職活動を終えてからは自由を謳歌し、神社参拝が趣味になり、暇さえあれば神社に行くようになりました。

幼稚園生時代から大学を卒業するまで、「将来の夢」は特にありませんでしたが、「世のため人のために自分の命を使う」ということだけは決めていました。

そうして大人になるにつれて私は、勉強しなくても推薦で居心地のよい学校に進学できたり、就職氷河期なのに雑な就活して、その後の人生観に影響を与える京セラグループに入社したり、しかし「絶対に勝つ」と決めた局面では勝ち、たいした苦労をせずに人生を送っています。

「良い考え方で生きれば上手くいく」

「本気で叶えたいことは全部叶えられてるし、どうでもいいものも流れに任せておけば良い形に収まる」

「楽しいこと、ワクワクすることをやっていれば全部良い感じになる」

在り方と直観で生きることは、私に撮って運任せの生き方ではなく、昔から当たり前の成功法則でした。

そこに

「人生は短く、ある日突然終わるのだから、明日死んでもいいようにやりたいことは後回しにせず、即やろう」

という死生観があったため、自然に「成功する人の特徴」によく見られるような生き方をするようになっていったのです。

就職、転職、起業、そのすべてにおいて、

最高のチャンスが最高のタイミングで来ると信頼し、”それ” が来たと感じたらあれこれ精査せずに、直感で即決する

というスタイルを取り、苦労せずに望む成果を手に入れられるようになりました。

魂の成功を教える道へ

「会社員はもう合わない」「自由になりたい」

私の自由人魂が爆発して起業してからは、コーチとしてマインドや本質をお教えし、多くの起業家さんのビジネスの立ち上げや拡大をサポートさせていただくようになりました。

起業に際しては、まさに私の欲する「本質重視」の素晴らしいメンターとの出会いを経て、私はそれを直観で掴み取り、有難いことにあっというまに成果が出たのです。

しかし、元々持っていた「お金がかかる夢」をだいたい叶え終えた頃……

「これから何のために稼ごうか」わからなくなった時期がありました。

お金で解決したい悩みがなくなり、強烈な願望と稼ぐ動機がなくなってしまったのです。

たとえば、高級ホテルステイを母にプレゼントしたり

クルージングしたり

プール付きのビーチでパリピごっこしたり

著名なアーティストさんから素晴らしい絵画をお迎えしたり

彼と一緒に日本中の寺社仏閣を巡礼したり

これらはすべて、起業初期に

「絶対に叶えたい、叶えられなきゃ生きてる意味がない、明日死ぬかもわからないんだから、一日でも早く実現しないとヤバい。私はわりとまだ生きてると思うけど、母はもう良い歳なんだから親孝行のためには一分一秒も惜しい、本当に本当に急がないとマズい」

と切羽詰まって叶えてきたことの一部です。

これらはすべて叶い、素晴らしい体験をたくさんさせていただきました。

しかしある程度叶えると、それらはもはや日常になり、「努力して実現すること」ではなく、「多くの選択肢のひとつ」になっていきます。

この頃、これまでの人生経験からすでに真理や摂理の一部を悟っていました。

「この世界はすべて幻想。引き寄せも現実創造も自由自在。お金を招くのはなんて簡単なんだろう!」と感じながら過ごしており、且つ、自分が生涯困ることがないということを完全に理解していました。

だからこそ、簡単に成功し、簡単に値上げし、簡単に集客していたのです。

実は私個人の「在り方で売る」はこのとき完成していました。

ただ、当時は人に教えられるほどの、悟りの深さがなかった。

私は国内の寺社仏閣巡りとグルメが好きなので、何ヶ所にも旅行し、高級ホテルに泊まり、きりがないくらい美食を楽しみました。

この素晴らしい現実創造が、もっともっと続いていくと思っていました。

しかし次のステージとしてやってくるのは

ハイブランドをコレクションする
高級車を何台も揃えて買う
タワマンで犬を飼って暮らす
短期数年ドバイに移住して節税

いわゆる「成功者といえばコレ」という世界です。

「なるほど、そういう世界があるんだ!よーし目指すぞー!」と最初は思ったのですが、なんと、全然ワクワクできなくなったのです。

これは起業家にとって致命的でした。

お金の先にワクワクするビジョンがなければ、お金の循環は作れません。

「もっともっと稼ぐ」理由、「莫大なお金がかかるワクワクする物欲」が見つけられなくなってしまったのです。

焦ってジュエリーを買ってみたり、より高級なホテルに泊まったりしてみても、もはや値段が質を担保してくれるわけではなくなり、ほとんど希少性とブランド料にお金がかかる世界に突入します。

しかも根本的にワクワクしてないので、自己投資ではなく浪費で終わる。

本当に悩ましい日々が続きました。

しかし、これは単に物欲がないんだなと開き直ります。

もともと、物理的な見た目を貫通して、人の中身が視えてしまう性質です。

それもあって、「人が何を身につけているか」にまったく頓着がなく、ハイブランドの名前やロゴデザインすら、32歳になるまで知らなかったのです。

ただ世の中の多数派は、そういうものに憧れるわけであから、そこに乗れないのは仕方ないのだろうと考えることにしました。

「どのみち対人支援は好きだからやめるつもりはないし、このまま穏やかに、現実創造をしながら、セミFIREのように余生だと思って生きていけばいいのだ」

そう思っていました。

しかし、ふと思ったのです。

「……私の人生って、本当にそれでよかったんだっけ?私って、欲しい物や体験を消費しながら、余生感覚の穏やかな日々を送るために、わざわざこの地に生まれてきたんだっけ?」

いや、違う。絶対違うだろ!!

突然そう我に返り、ビジネスを半休止して興味のある精神探究に没入することにしました。

精神探究に没入した3年間

私は精神探究だけに3年ほど費やしてきました。

感性レベルだった霊感を能力レベルに鍛え、引き寄せ、潜在意識、脳科学、量子力学、スピリチュアル、次元上昇、アセンション、東洋思想、帝王学、天命、仏教、神道、悟り、真理、摂理……

こうしたすべての領域を学び、実践し続けました。

自分で自分の守護霊を霊視し、神社や寺で霊視し、神縁や仏縁を育てながら、そうした目に見えない存在たちから助言をもらいながら、ほとんど手探りで進みました。

師を求めて、ハリウッド在住の海外コーチ、ベストセラー作家、皇室専属の帝王学者、人間国宝といった素晴らしい方々にも出会い、その在り方に触れ、多くの助言をいただきました。

国賓や政治家が参加するような国際イベントに参加する機会もいただきました。

しかし、あるとき行き詰まったのです。

真理はどこだ、「本当」はどこにあるんだ。掘っても掘ってもキリがない。

そうやって行き詰まっていた日の朝。起きたら、唐突に悟りました。

悟りというのは段階的に何度も起こるものです。

その「一度の瞬間の深さ」というのは、小さいことも大きいこともあり、様々です。

しかしこの瞬間の悟りは恐ろしく特大でした。

自分の身体を見下ろすと、自分の身体の中心に光が視える。厳密には、白でもなく黒でもなく、光でもなく闇でもない、「何か」が視える。

「なるほど、そういうことね」と悟り、私はそこで誰かから教えを求めることも、探究という在り方を終えました。

ここでようやく、私個人ができていた「在り方で売れる」が、悟りの深まりによって人に教えられるようになったのです。

私はそうして、「マインドで稼ぐ」、「量子力学と次元上昇で軽やかに売れる」といったフェーズを抜け、「在り方で売れる悟り」を教えるようになったのです。

対面セッション
対面セッション
合宿
ランチ会

「在り方で売れる」を目指すコーチへ

お金や物質性だけを追い求めて疲弊することも、

目に見えない世界や精神性だけを追い求めて疲弊することも

私はどちらも経験してきました。

この両者の統合に行き着くには長い時間がかかりましたが、いくつか言えることがあります。

それは、

悟りは楽しいということ。

なぜなら不可能、不条理、不都合、のすべてが人生からなくなるからです。

ビジネスももちろん楽しい。

なぜなら、悟りを深めて存在を拡大したら、ただ在るだけで売れ、ただ在るだけ喜ばれ、ただ在るだけで周りが豊かになっていくからです。

言うなれば、苦労や自己犠牲を伴わない、自分を含めた360度、自由と豊かさが拡大する最高の貢献。

それが、コーチが在り方で売れるということなのです。

そしてここまで私の紆余曲折を紹介しましたが、安心して欲しいのは、先頭の一人が心、時間、労力を大きくかければ、後に続く方々にはラクをしていただけるということです。

私はたまたま、悟りと繁栄の統合に人生のやりがいを見出したからこそ、そこに心、時間、労力をかけてきました。

あなたはもっと違うことに楽しみを見出し、違うところに天命があるかもしれません。

であれば、私が何千万円も何十年もかけて得た知識、能力、在り方、それらのエッセンスは、あなたはあなただけの別の天命、成功、幸せのために、簡単に手に入れていいのです。

私がマンツーマンのセッションにこだわる理由は、私のセッションを受けていただけば、私が得てきたものを簡単に、直接、純度高く、鋭く、お伝えすることができるから。

コーチとしてのビジネスの構造の再構築、商品の再設計、お金のブロックを外す、周波数を上げて引き寄せ体質になる、真理の視座からの物の見方、悟りの深め方、在り方で売ることの実践法、天命の見出し方、クライアントとの関わり方……

こうしたあらゆる私の引き出しから、あなたが最短最善で理想を叶えるために、必要なことを、必要なぶんだけ、惜しみなくお教えすることができる。

それがマンツーマンセッションならではの贅沢だからです。

もしあなたに「ただ在るだけで売れる悟り」に興味があれば、まずはぜひ『SATORI Coaching Business note』を読んでください。

悟りとビジネスが統合するとはどういうことなのか、どのような世界が広がっているのか、より深く理解することができます。

いつかあなたとご縁があることを楽しみにしています。