こんにちは、大場麻以です。
「強く願えば叶う」「具体的にイメージするほど現実化する」
引き寄せの法則にそんなイメージを持っている人は多いのではないでしょうか。
100万円を引き寄せた、理想のパートナーを引き寄せた……といった体験談は確かに魅力的です。
でも、その「願い通りになる」ことが、本当に最善の結果なのでしょうか?
実は、そんなことはありません。
むしろ「思い通りの願いを叶えた」という結果は、「もっとも微妙な結果」であると言っても過言ではないからです。
これ自体はいろんなところで言われている話です。
しかし今回は改めて、私が「海を目指して20km歩き、海を見れずに終わることで最高の結果を得た」という(笑)、小さな話から深掘りたいと思います。
「願い通りになる」ことが最善とは限らない
引き寄せの法則で一番見落とされがちな事実があります。
それは、私たちが「引き寄せたい」と思えるものは、あくまでも自分が想像できる範囲のものだということです。
仮に、あなたに関する可能性が0から100まであると考えてください。
私たちエゴが思い描ける最高のものは、せいぜい10〜20程度でしかありません。
それくらい、私たちの視座はあまりにも低い。
覚醒を深めていくことに日々真摯に向き合い、、それを教えている私であっても、です。
宇宙全体が見ている可能性、創造力、視座に比べたら、自分の発想や願いの「ちゃっちさ」というのは、本当に身に沁みます。
「100万円を引き寄せた」
「理想の仕事を引き寄せた」
そんな体験は一見すばらしいけれど、それは無数ある可能性の中の、自分が想像できる範囲に収まった結果です。
引き寄せが「思い通りになった」とき、それは実は可能性の最低値をつかんだ状態に近い。
そんな視点に立つと、信念を貫くこと、必達を目指すこと、執着して願うことの意味が根本から変わってきます。
20kmのウォーキングが教えてくれた「想定外の成功」の正体
ある晴れた日、散歩のつもりで外に出た私は、道中に「海まで20キロ」という標識を見つけました。
私はどんなことでもワクワクした瞬間、即行動します。
このときも「歩けるかも」「徒歩で海を見に行きたい!」と思った瞬間、計画外の海へのウォーキングが始まりました。
しかし歩き続けるうちに、次々と予想外の出会いがありました。
普段通らない地域の高級住宅街、透き通った用水路、大学時代以来ご無沙汰だった神社、そして弘法大師・空海ゆかりのお寺など……。
夕日が沈む方角に橋を渡り、気づけば6時間近く歩いていました。

そして最終的にどうなったかというと、海は見ませんでした。
あの瞬間、確かにワクワクして、海を見たいと思って、海を見るために歩き出したのに、です。
それも河口まであと少しというところで、辿り着いて見えるのは広大な太平洋ではなく、対岸が見える内海だとわかったこと。
そして海の方角には雲が垂れ込めていて、描いている「海」ではないと感じたこと。
それで、「まあいいか」という気持ちになり、無理に海に行くことをスパッと辞めました。
海とは真逆方面の夕陽の映えスポットを目指し、そしてワクワクするようなお寺と神社に行くことにしました。
そして、これがよかった。
大師さんからもメッセージを受け取り、お稲荷さんともエネルギー交流し、とても充実した時間になったのです。
当初の目的は果たせなかった。
しかしこれは「具現化の失敗」「引き寄せの失敗」なのでしょうか?
当初の目的は、歩いていくうちにどうでもよくなっていました。
それくらい、歩くなかで見える景色、刺激、意識の転換によって、内側のビジョンもまためまぐるしく変わっていったのです。
その日の体験はどの旅行よりも豊かで、ワクワクに満ちていました。
引き寄せは「失敗」したのに、結果は「大成功」だったのです。
なぜ執着するほど最善を逃してしまうのか
この体験が教えてくれたのは、「ビジョンは刻々と変わるものだ」という事実です。
歩いていくうちに見える景色が変わり、頭に浮かぶイメージも意識も、どんどん深まり広がっていきました。
最初から最後まで「絶対に海を見る」という一点に執着していたら、お寺も神社も夕日も、すべて見逃していたかもしれません。
引き寄せも同じです。
ハイヤーセルフや宇宙は、私たちが思い描く以上の最善を知っています。
エゴが「絶対にこれを引き寄せる」と固執するほど、その枠の外にある本当の最善が届かなくなってしまいます。
「願えば叶う」という体験には確かに価値があります。
「やり抜けば達成できる」という自信を育てることができますから。
しかしそれは確信をつけるための練習であって、引き寄せの本質はそこではないのです。
執着を手放し、宇宙に委ねるスタンスの持ち方
では、どうすればいいのか?
答えはシンプルです。
「叶わなくても別にいいです」というスタンスを持つこと。
これは諦めや無気力ではありません。
「自分のエゴが考えうる最高は、宇宙が用意できる最高には遠く及ばない」と知っているからこそ、より大きな智慧に委ねるという選択です。
やりたいことを持ちつつも、執着しない。
「これが欲しい、でも叶わなくてもいい。宇宙の方が私よりずっとよく知っているから、任せる」
この姿勢が、自分のエゴでは想像もつかなかった最高の現実を引き寄せます。
引き寄せの法則は、遊び感覚で扱う方がうまくいきます。
強く念じて執着するより、「面白そう」という軽やかさで願い、あとは手放す。
そのほうが、想定をはるかに超えた結果が訪れるのです。
引き寄せの失敗は、大きな喜びに繋がるサインかもしれない
あなたの引き寄せが思い通りにならなかったとき、ガッカリしたり、無力感を感じることもあるかもしれません。
叶わないことの原因が「マインドブロック」ということもあるわけで、どうして叶わないのか、という原因を自分で自覚することは困難です。
でもマインドブロックも結局は「どうしても叶えたい」という執着と、「どうせ叶えられない」という制限の結晶でしかありません。
だから、執着も制限もすべて手放したとき、残る感情は「どっちでもいいや〜」なんです。
なにしろ、本質の光として生きていれば、叶っても叶わなくても、幸せで満たされているからです。
海を目指して歩き、海を見なかったのに、最高の一日になった。
ウォーキングの終盤のお寺で、空海さんから「ここまで、楽しかったか?」と問われたときは、「そういえば、楽しかったな……」と感じたのです。

大切なのは、どのような結果を得られたか(=海を見られたか)ではなく。
過程をどう過ごしたか(=直観に従いよりワクワクする選択肢を採っていったか)が重要であるということ。
その過程から繋がる結果こそが、「本当の最高最善である」ということを、改めて実感したんのです。
その体験が伝えてくれたのは、自分が想像できる最高を超えたところに、本当の最善があるということでした。
現に、海を見ることを諦めずに執着したら、この記事も生まれてませんしね。
引き寄せは失敗した方が成功する。
執着と制限の両方を手放したとき、宇宙はあなたの想像を超えた現実を届けてくれるのです。















