光・本質とは何か?《源意識・神我・真我》

こんにちは、大場麻以です。

私は私が提供するサービスのすべてにおいて「光からビジネスを創る」「本質に一致する」ということがもっとも大切であるというお話をさせていただいています。

起業家として売れていようと、売れていなかろうと、起業家でなかろうと、本質に一致できるかどうかで、人生の自由と豊かさのレベルは180度変わります。

では改めて『光』そして『本質』とは何でしょうか?

本質に対する解像度を上げる

多くの人が『本質』という言葉を使っています。

ビジネスの本質、スピリチュアルの本質、豊かさの本質……

様々な人が多様な意味を込めて、この『本質』という言葉を使うため、この言葉に対して捉えどころのない印象があるかもしれません。

今回ここでお話するのは、すべての起源としての『光の本質』です。

これは人によっては神とも言うし、天とも言います。

源意識、あるいは神我、真我とも言います。

表現は様々ですが、そこはあまり重要ではありません。

しかしこの「すべての起源であり創造の源としての光の本質」に一致して人生を送ることができるかどうかが、すべての結果を左右します。

すべての起源としての『光の本質』とは

あらゆる生物、あらゆる物体、あらゆる現象、あらゆる星は、宇宙の源、大きな一つの光から生まれています

現実レベルでこそ、姿形がまったく違いますが、そもそもの起源は同じなのです。

ちなみにこれは決して、新興のトンデモ理論ではなく、古くからさまざな国の哲学、文化、宗教で語られている共通の概念でもあります。

不二……自分と他人は別個の存在に見えるが、本質的には分けられないという「非分離」の考え方
梵我一如……宇宙の根源(ブラフマン)と、個人の真実の自己(アートマン)は同一であるというヒンドゥー教の思想
一即多・多即一……一(個)は多(全)であり、多は一である」という華厳宗の教え。
万物斉同……良い・悪い、自分・他人といった区別を捨てれば、すべてのものは等しく一つであるという荘子の思想
道(タオ)……宇宙の根源的なエネルギー。万物はここから生まれ、ここへ還っていくという「一筋の大きな流れ」そのもの。
八百万の神……あらゆるものの中に神性があるという日本的な思想

そしてそれは、鶏が卵を産むことのように、同じ場所から別個体が生まれることとは似て非なるものです。

まさにアメーバのように宇宙の源から「分離」して、すべての起源である源と同じ性質を持ちながら、源以下の次元に降りてきた。

それが私たちの本質の姿です。

私たちに個性がある理由

元々が宇宙の源、大きな一つの光から分離した存在が私たちなのであれば、私たちの本来の姿というのは、光であり、エネルギーです。

しかし、いくら私たちの構成要素が等しく素粒子であるとはいえ、明らかにそれぞれ姿形が異なりますね。

なぜかというと、それはそれぞれの魂の旅の歴史、そして今後のプランが違うから。

わかりやすく言えば、これまでどのような体験をしてきたのか・これからどのような体験をしていきたいのかが、皆違うからです。

皆が皆同じ姿形で同じ経験をしても、源から分離してきた意味がありません。

ひとつの存在が様々な経験をするのは非効率ですし、「体験の種類」は何億、何兆以上も存在します。

特に、なんでも創り出すことができる源にとって、それこそ不自由や争いといった、想像もつかない制限だらけの体験というのは、まるで新作RPGのように魅力的で興味深いものです。

神様目線で考えてみれば「不自由とはなんだろう」「不幸とはなんだろう」という純粋な疑問があるわけですね。

だからこそ、私たちは数多に分離して、「自分がやってみたい体験」のために、その目指す体験にふさわしい生まれや姿を選んで生まれ、生きているわけです。

なぜ光の本質《源》に一致することが大切なのか

私たちは長いこと、何世代も何回も人生を経験し、あらゆる幸せ、楽しさ、達成感、無力感、不自由さ、不幸、怒り、悲しみを体験してきました。

特に

「自分は何もできません。世の中とは難しいもので、人生とは簡単には上手くいかないものです」

という前提に立つネガティブで重たい経験というのは、地球のような不自由な次元でしか経験することができません。

たとえば宇宙の源が13次元にあるとしたら(実際細分化すれば次元は100以上ありますが)、私たちがいる場所は3次元です。

ネガティブな経験をするには、わざわざ3次元まで降りてくる必要があったわけですね。

今を生きる私たちからしたら「なぜそんなことを」と思うかもしれませんが、ゲームで高難易度へのチャレンジに精を出すことと同じだと考えれば、その気持ちも少し分かるのではないでしょうか。

しかし、わざわざ3次元まで降りてきてウロウロしていたのに、なぜまた13次元の光の本質《源》に一致する必要があるのか。

それは「そろそろ上がらないと、宇宙全体のプランに支障が出る」「もう不自由体験はお腹いっぱいです」という、状況にきているからです。

日本の事情、アジアの事情、世界の事情、地球の事情、という風に物を見る尺度を拡大していったとき、当たり前のことながら「銀河の事情」「宇宙全体の事情」というものがあります。

今この銀河の中では、地球だけがアセンション(次元上昇)せずに、残業しているような状況です。

これは宇宙全体の運営に関わることであり、そろそろ上がりましょうという号令がかかっている状態なんですね。

ただ、地球の上に乗っかっている私たちが重いままだと地球も上がることができません。

そうした時代背景の中で、「もう十分ネガティブな経験もしたし、そろそろ3次元的な学びは卒業でいいよね」と、いくつかの魂が目を醒まし始める流れが生まれています。

つまり、光の本質に一致することを思い出し、意識の次元を上げていくことを目指す人たちが増え始めているわけです。

次元上昇というのは「楽になりたい」「幸せになりたい」「豊かになりたい」という動機から知る人も多いです。

しかし本来は、個人的な願望を叶えるための覚醒や次元上昇ではありません。

「宇宙全体の事情で、地球が次元上昇フェーズにきている」

「乗組員が重いといつまでも地球が上がれないので、最低限地球の上昇に必要なだけの人員は、目を醒まして、光の本質に一致する意識で、次元を上げていく必要がある」

ということなんですね。

次元上昇というのは「あらゆるものを創り出せる源に、次元レベルで近付く」ことです。

なので当然、自分の人生のお金、縁、時間、健康くらいは、自分で自由に創り出すことができるようになります。

結果的に、側から見て不思議なくらい、自由で豊かな人生を謳歌している人になれる、というわけです。

覚醒は強制ではない

ただ一方で、覚醒し次元を上げていくことは、強制ではありません。

なぜなら遅かれ早かれ、千年、万年、億年単位で見れば「いつか全員次元が上がり、源に向かっていく」からです。

そのタイミングやプロセスが人によって違うだけで、「今、覚醒しなければならない」わけではないし、「覚醒し、意識の次元レベルを上げている人が特別で優秀」というわけでもありません。

ただ今は「全体の流れとしての次元上昇」が起こっている稀有な時代であり、だからこそこの時代を選んで生まれて来た魂が、私を含めて多いわけです。

だから、望むのであればこれに乗っていきましょう、ということですね。

光の本質への一致度を上げる”統合”

本質への一致度を上げるうえで欠かせないのは「統合」です。

私たちは宇宙の源から「分離」してきたという話をしましたね。

13次元から3次元へ降りてくる旅が「分離」であれば

3次元から13次元へ上がっていく旅は「統合」なのです。

上昇を妨げる周波数を手放していく

私たちは重いままでは上がっていけません。

しかしあまりに3次元に馴染みすぎて、不安、恐れ、怒り、悲しみが「あって当たり前」という人生を送ってきました。

とはいえ、これらのネガティブな感覚やそれに基づく体験も、貴重な宇宙の資産です。

なぜなら、そうした重くて低くてしんどい体験に、まるでゲームの高難易度モードに挑戦するがごとく、望んで挑戦してきたからです。

決して捨てるべきゴミではなく、宇宙と魂の収穫の一部なんですね。

ただ、それを抱えたままでは重くて上がれない。

だから、そのネガティブなエネルギー・周波数を自分から切り離して、先に宇宙の源に送っておく。

これが統合です。

よく私は「スキー場に行くために、スキー板をあらかじめ現地へ郵送しておくこと」という例えをしますが、重い物を運ぶより、身軽なほうがスキー場に軽やかに到着できますよね。

ネガティブな周波数という名の体験資産は、上がっていく自分には不要なものかつ重石なので、源に統合しておく。

そして、身軽な自分は軽やかに意識の次元を上げて、覚醒を深めながら、光の本質《源》に近付いていく。

これが覚醒、次元上昇、アセンションの流れなのです。

本来は愛そのもの、光そのもの、力そのものであるという「源」の意識に近付いていくことが「本質に一致する」ということなんですね。

悟り、瞑想、自己一致等とは似て非なるもの

この過程はよく「悟り、瞑想、自己一致」などと混同されやすいのですが、実際は違います。

もちろん人によって解釈が異なる部分はあると思いますが、

「悟り」というのは、本質、真理を理解することです。理解だけで体現しなければ、それは宝の持ち腐れと言えるでしょう。

瞑想というのは、確かに光の本質に近付いていく「深い内観」ですが、仮にそこで自分の本質を見つめ、ととのい、穏やかな精神を手に入れても、ストレートに言えば貧乏になります。

なぜなら、ととのえることと、現実を動かすことには隔たりがあるからです。

俗に言う「スピ系」が経済的に貧しくなりやすいのは、「行動が大事」とは頭ではわかっていても、実働レベルでこの溝を埋めることは簡単ではないからでしょう。

そして自己一致というものも時代の流行りにはありますが、これも「どの自分と一致しているのか」によって結果は180度変わります。

エゴに一致することが自己一致、自分らしさと捉えられることもありますが、この記事で書いて来たように「光の本質」に一致しなければ、意識の次元レベルは上がりません。

光の本質に一致する、覚醒、次元上昇、アセンションというのは、結果ではなく、プロセスです。

ゴールや天井がなく、どこまでも自分を極め、どこまでも自分の可能性と存在を拡大することができるものです。

本当の意味で光の本質を生きるのであれば、物質的豊かさと精神的な豊かさは当然両立し、ビジネスと人生の結果が変わるのは当然なのです。

次元上昇・アセンションが進む時代の恩恵

時代の恩恵が大きい点として、以下の3つのイレギュラーがあります。

  1. 魂が望めば、特別な修行をせずとも誰でも次元上昇の流れに乗ることができる
  2. 次元を上げても、肉体を維持しながら人生を謳歌することができる
  3. 物質的な繁栄との調和を実現することができる

特別な修行を必要としない

一つ目については先述した通りです。

もちろん、日常的な意識付けは欠かせませんし、それができない方もいらっしゃいます。

「そうは言ってもお金が」
「そうは言ってもアイツが」

と、自他の分離にすっかり嵌りこんでしまうのです。

Aの事象は統合できても、Bの事象に関してはどうしても許せない、手放せない、という人もいます。

なので、言葉で語るほど簡単ではないというのは事実です。

しかし少なくとも厳しい修行……それこそ崖の上から逆さまに吊るされてお経を読んだりなどはしなくとも、誰でも意識の次元を上げていけます。

肉体を維持できる

二つ目は、肉体を持ったまま次元を上げていけること。

一昔前では、意識の次元上昇が一定までいくと肉体を保てない(消失する)と言われていました。

厳しい修行の果てに山伏や行者が忽然と消えてしまうことに、これが当てはまると言われていたのです。

しかし今は地球が上昇しているため、地に足をつけながら……つまり肉体を維持しながら、上がっていけるボーナスタイムです。

つまり「どんな現実も創ることができて、常に満たされている」という、本来なら肉体を維持できない意識状態で、肉体を維持したまま自由に現実創造を楽しむことができる。

物質的な繁栄と調和する

これは「目指すのであれば実現できる」という点です。

そして私はこのビジネスとスピリチュアル、目醒めと繁栄を統合した起業家を増やすことを、当面の自身のビジネスの目的としています。

今は物質的な豊かさと、精神的な豊かさの調和を実現していくフェーズに入っています。

これまでの直近の時代は、物質的な繁栄に偏ってきました。

資本主義経済であることが、それを顕著に示していると思います。

そしてそのような中で精神主義、スピリチュアリズムを謳うことは、「反物質主義」的になり、これまでの反動のようにお金を忌避する人たちが続出しました。

結果としてスピリチュアルを語る人は夢想家のような人、という印象が強まり、さらに両極の隔たりを強くしていた節があると思います。

しかしこれからは、物質も精神も、お金も悟りも、豊かさも幸福も、すべてを内包し、統合し、調和していく在り方を実現していく時代です。

スピリチュアルに浸り、感動し、特別視し、神聖視し、尊び、珍しがるのではなく、「スピリチュアルは自然現象」「本質なんだから当たり前」という在り方で、

地に足をつけて、人生を謳歌し、

「ビジネスと生き方の次元を上げ、この世の豊かさを謳歌するというのはこういうことだ」

と、言葉にせずともエネルギーと在り方で語れる、クリアで満たされた周波数の、歩くパワースポットのような起業家が増えることを祈っています。

その姿に共鳴した人が増えていくことが、その人自身のステージアップと、周りの人の真の幸福に繋がっていくからです。

光の本質に一致しながら人生を謳歌する

「光の本質に一致する」ということは、一種の精神修養のように思われるかもしれません。

特に統合のプロセスにおいては、どんなネガティブな体験をしても「自分の内側の周波数で作ったもの」という前提に立つのが第一条件になります。

それが苦しくて「修行のようだ」と仰る人もいました。

しかし実際は違います。

統合すればするほど、ステージが上がり、わかることが増え、できることが増え、自分に対する信頼がどんどん強く確かなものになっていきます。

私にとって統合とは、最高の楽しみであり、いつでもできる簡単なレベリングであり、最大の娯楽なのです。

起業家であれば尚更、数字で自他を評価することを手放し、外側の情報を参照して自分のビジネスを吟味することがなくなります。

ただ「自分が何にワクワクするか」という内側の本質を捉えながら、パワフルに、最高の現実創造に向けて行動する。

それだけで、必要なものがすべてが間に合うようになり、光の本質に一致した「これがいいな」「こうしよう」はすべてが叶うようになるのです。

ビジネスとスピリチュアルを統合していきたい、というチャレンジングな起業家のために、「光からビジネスを創る」ための無料講座をご用意しています。

ぜひアクセスして、これまでとは全く違う自由と豊かさの周波数を受け取ってください。