死生観を養う方法とは?仕事にかまけて後悔しないために

こんにちは、大場麻以です。

あなたは「死」について、真剣に考えたことがあるでしょうか。

「毎日仕事や家庭で精一杯。生きるか死ぬかなんて考える余裕もない」

そう感じている方は少なくありません。

しかし、どのように生きるかと同じくらい、どのように死ぬかを考えることが、豊かな人生につながるという考え方があります。

それが「死生観を養う」ということです。

東日本大震災のような大きな出来事があると、私たちは一時的に命の有限さを痛感します。

しかし時間が経つにつれ、その感覚は薄れていきます。

人間が「忘れる」ことで生きていけるのは事実ですが、それと「命を大切にする」こととは、まったく別の話です。

この記事では、死生観とは何か、なぜ今それを養うべきなのか、そして具体的にどう向き合えばいいかを、体験談を交えながら考えていきます。

死生観とは何か?哲学ではなく「実学」として捉える

死生観とは、「死」と「生」に対する自分なりの見方・考え方のことです。

よくある誤解は、「哲学の勉強をすること」や「スピリチュアルな知識を身につけること」が死生観を深めることだと思ってしまうことです。

しかし本質はまったく違います。

死生観を養うとは、自分の内側と向き合い、自分なりの答えを出すプロセスそのものに価値があります。

  • 「自分は何のために生まれてきたのか」
  • 「死んだらどうなるのだろう」
  • 「大切な人が明日亡くなっても、後悔しないか」

これらに正解はありません。

そして、慌ただしい日々のなかで、向き合って出した答えを忘れてしまっても問題ありません。

重要なのは、あなたが何を答えだと思ったか、その問いと向き合った経験そのものです。

たとえ答えを忘れてしまったとしても、向き合ったという事実は消えません。

そしてそれが積み重なって、人としての深みや厚みが生まれます。

よく「辛い経験をした人は人に優しくなれる」と言われますが、それは痛みと正面から向き合い、消化したからこそ得られる深さなのです。

大切な人の死が教えてくれること

私が幼稚園のころ、弟がいましたが、その弟は3歳で亡くなりました。

生まれながらの持病で、ほぼ病院の中で過ごし、家に帰ってくることもほとんどありませんでした。

そして3歳でこの世を去ったのです。

「なんで死んじゃったんだろう」

それが幼い私の問いでした。

生まれてからずっと病気で、ほとんど病室の中で過ごして亡くなる。

弟はなぜ生まれてきたのか。

何をしに生まれてきたのか。

なぜ3年という僅かな生涯だったのか。

そこに何か意味があるはずだという感覚が、自然に生まれてきました。

今になって思えばですが、弟が亡くなることで家族全員が変わりました。

休日は薄暗い部屋でゲーム三昧だったのに、仕事に覚醒して海外で活躍するようになった父。

専業主婦のまま過ごすところ、起業して自分の仕事を持つようになった母。

また、長男の弟が亡くなり、今度は新たに次男となる弟も生まれました。

そして私は、幼稚園児という自我も曖昧な時期から「なぜ生きるのか」を問い続けることになり、今では天命を生きるとは何かを教えるようになりました。

弟の3年という短い命は、一家全員を大きく成長させるためのものだったのかもしれません。

私たちは葬儀や法事に参加するなど、死に触れるたびに、「自分は何のために生きているのか」を問い直す機会が生まれます。

しかし、その問いはじっくり向き合う間もなく、あっというまに風化します。

大切なのは、その問いを、悲しい出来事が起きる前に自分から立て、じっくり向き合えるかどうか。

大切な人を失ってから気づくのでは、ある意味「手遅れ」だからです。

今、その人たちがまだ生きている間に、一緒に過ごせる時間が有限であることを認識し、行動できるかどうか。

それが死生観を養うことの実践的な意味です。

死生観が天命につながる

私たちは日々、仕事や収入、家族や家事に追われています。

事業家なら自分のビジネス、専業主婦なら家庭。

それら仕事、やるべきこと、目の前のタスクが「人生の主役」だと思いがちです。

しかし、それらはすべて人生という長大なプロジェクトのパーツにすぎません。

死生観を磨いていくと、こんな問いが自然と浮かんできます。

  • 自分の人生の究極の目的は何か
  • このビジネスや仕事は、自分の天命にどう関わっているのか
  • 亡くなった後、どんな人間として記憶に残りたいか

この視点を持てると、目先の売上や数字に振り回されなくなります。

お金や仕事の悩みは大切ですが、それよりも広い視野で人生全体を俯瞰できるようになると、自分の人生の尊さに気が付きます。

死生観を養うことは、自分を大切にすることであり、同時に他者を大切にすることに繋がります。

自他を尊いと感じる感覚は、自分の生き方だけなく、人との人間関係をも根本から変えていきます。

死を意識することで、生がより輝く

死生観を養うことは、人生から逃げることではなく、人生に正面から向き合うことです。

「なぜ生きるのか」
「どう死にたいか」

この問いに向き合った経験が、あなたという人間の深みをつくります。

そしてその深みが、仕事・人間関係・家族との時間すべてを、より豊かなものに変えていきます。

悲しい出来事が起きてからでは遅いのです。

大切な人がまだそこにいる今この瞬間こそ、死生観を養い始める絶好のタイミングです。

まずは今より少し目線を上げ、身近な故人を思い浮かべながら、自分なりの問いを立ててみてください。