対人支援で与えすぎる人の心理とは?単価が上がらないコーチの勘違い

明るい窓辺に立って外を眺める女性の後ろ姿と、木のテーブルに置かれたリボン付きの贈り物の箱

こんにちは、悟りコンサルタントの大場麻以です。

与えすぎる人の心理とは、何なのか?

実はそれは、優しさでも、サービス精神でもありません。

「与えないと受け取れない」という思い込みです。

多くのコーチは、単価を上げるために、サポートを足し、特典を足し、セッションの回数を足していきます。

しかし実際、足りなかったのは与える量ではなく、受け取ることだったのです。

この記事は、真っ当に30万・50万の契約を獲得しているのに、「もっと与えないと値上げできない」と感じているコーチに向けてお届けします。

与えすぎる人の心理とは?

「まず与える、そして受け取る」は本当か?

「まず与えなさい、そうすれば受け取れる」

ビジネスや精神世界では、よく言われる言葉です。

しかし、これは嘘です。

与えないと受け取れないのなら、明らかに何も与えていないように見える赤ちゃんや野生動物は、なぜ受け取れているのでしょうか。

生まれたての赤ちゃんは、ただ生まれてきただけで「可愛いね、生まれてきてくれてありがとう」と、多くの人から助けや恵みを受け取ります。

彼らは実は「ただ在るだけで、周りに喜びや豊かさを与えている」わけなんですが、大人に比べたら遥かに「与えている量が少ない」「優しさや思いやりによる奉仕や貢献は無い」ように見えますよね。

なぜ赤ちゃんは、ただ在るだけで受け取れているのに、あなたはダメなのでしょうか?

与えすぎる人は、受け取りを拒否している

与えすぎる人は、自分でも「与えすぎている」と思っています。

だからこそ、与えすぎないように注意を払おうとするのです。

しかし本当は、与えすぎているのではありません。

受け取っていないだけ。つまり受け取りを拒否しているのです。

あなたも子供の頃は、何もしていないのに、人に優しくされ、プレゼントされ、施され、助けられ、世話をされてきたはずです。

すでに「ただ在るだけで受け取る」という経験はしています。だから、受け取る器はあるのです。

それなのに、わざわざ自分の器を小さくして、思い込みでがんじがらめにして、「もっと与えないと受け取れない」にしているのです。

なぜコーチは「もっと与えないと値上げできない」と思うのか?

「与えないと受け取れない」は、起業家やコーチング界隈の、非常に根深い思い込みです。

そしてそれは、値上げや月商を上げるうえで、一番のハードルになります。

考えてみてください。

単価50万を100万にするのに、あと何を、何個足せばいいのでしょうか?

セッションの回数ですか?
チャットサポートですか?
特典の動画ですか?
ついには、あなたの睡眠時間ですか?

倍与えないと倍受け取れない、というのは勘違いです。

真っ当にやって30万、50万の契約を獲得している人は、これでもかというくらい、すでに与えすぎています。

これ以上自分を削って与えなければ受け取れない、ということはないのです。

私も、誰にでも200%出してしまっていた

こうやって偉そうに言っている私自身、ずっと与えすぎてきた一人です。

私の出力が100%なら、関係に応じて20%や50%に抑えることができませんでした。

相手が1,000円しか払っていなくても、我慢できずに100%、それどころか200%出してしまうのです。

しかし、相手には、払った額、こちらに傾けてくれたエネルギー相応にしか、受け取る器しかありません。

私から受け取りきれなかった80%〜90%は、どこかへ行ってしまいます。

与えすぎは、相手のためにもなっていなかったのです。

与えすぎたのではなく、受け取っていなかった

パンの耳と、緑のトマト

「与えなくちゃ受け取れない」に対して、「そうじゃないよ」と教えられた出来事があります。

知り合いと、2万円ほどのランチのコースを食べたときのことです。

前菜のブリオッシュを切り分けた若い配膳のお兄さんが、パンの耳側をどちらに置くか2秒ほど迷った末、私のお皿に「パンの耳側」置きました。

その数週間後、家族で1泊20〜30万ほどの、食事込みのホテルに泊まりました。

夕食の前菜のサラダには、母と弟には赤いプチトマト、私にだけ緑のプチトマトが乗っていました。

私は、普段は細かいことを気にしません。

良く言えば寛容、言い方を変えればどんぶり勘定でアバウトな人間です。

しかしそのときは大きな悟りと覚醒が次から次へと起こり、それに伴って「こんなものまで?!」と思うようなネガティブな感情が次々と浮上してきている最中でした。

なので、そのときはすごく気になってしまったのです。

「迷った末にこっちに乗せた。ナメられたのかな」

「同じ金額を払っていて、こんな差をつけられるの?」

いつもならアバウトな私は、他人の反応や振る舞い、自分に対する態度を吟味して気にすることはありません。

しかしそのときは強烈に、人に粗末にされる、ないがしろにされる気がしたのです。

お金を払っていて、他の人と同じ条件のはずなのに、自分だけ受け取れない。

そういう体験を、させられていたのです。

もちろん味は美味しかったですし、不快感は手放して統合しました。

この「真面目な態度だから丁重にもてなされるはず」「それなりの金額だから細かい気遣いがあるはず」といった、条件付きの受け取りをしている、という気付きでした。

そしてそれは反転して、「条件を用意しなくても受け取っていい」という学びだったのです。

与えなくても受け取れるというのは、愛情の学びのひとつなのです。

存在しているだけで、もう与えている

では、何も足さずに、どうやって受け取ればいいのでしょうか。

答えは、あなたは存在するだけで、すでに与えていると知ることです。

人は存在しているだけで振動し、固有の周波数を発して、さまざまな豊かさを与えています。

豊かさは、ポジティブとイコールではありません。

ネガティブな人でさえ、ネガティブな体験という豊かさを与えています。

私たちは存在するだけで、神性を内包しており、愛であり、豊かさなのです。

だから、これ以上、上乗せする必要はないのです。

値付けは「与えすぎた」と感じない額にする

値付けも同じです。

市場や内容との釣り合いではなく、自分が受け取りたい額、心地よく関われる額でつけます。

最大出力で関わったあとに「与えすぎた」と感じる値付けは、コーチにとっても、関係性にとっても不健康だからです。

足して価値を証明するのではなく、在るだけで受け取る。

そこさえ腹落ちしていれば、100万でも、200万でも当たり前に受け取ることができます。

まずは受け取ると決める

私自身、「ただ在るだけで受け取る」へと周波数をチューニングした途端、現実が動きました。

旅行の予定がすでに決まっていたところに、スイートルーム滞在のプレゼントをいただいたのです。

今まで私は豊かさを「お金と、お金ではないもの」「力を尽くして与えることで受け取るものと、当たり前に受け取れるもの」に無意識に分けてしまっていたのでしょう。

だから、ただ人から与えられているものを「お金ではなく、当たり前に受け取れるもの」と振り分けてしまい、ただ在るだけで豊かさを受け取っているということを、本当の意味では理解できていませんでした。

日々統合を重ねるほど、目に映る現実のすべてが、豊かさの方向へアップデートされていく感覚があります。

与えて、与えて、ようやく受け取る道を選ぶ限り、ただ在るだけで受け取る豊かさは、やってこないのです。

あなたも、「ただ在るだけで与えており、受け取っている」ことへ意識を向けてみてくださいね。