天命の方程式 天命を全うする方法

こんにちは、大場麻以です。

「天命を知り、天命を生きる」ということは、「自分だけの最高級の人生を知り、最高級の人生を生きる」ということ。

ある意味、天命を生きるということは、本命の人生を生きるということなのです。

世の中には、使命、志命、人命など、さまざまな「命」を使った言葉がありますが、天命は今生きている私たちにとって、最終到達点と言えるでしょう。

では、天命を全うするにはどうしたら良いのか?

私は天命塾で、天命を生きるための具体的手順を『TENMEI Formula』というオリジナルメソッドでお教えしています。

しかし、天命の達成度合いが、何によって決まるのかは、別軸の話です。

私はそれを、『天命の方程式』としてお伝えしています。

天命の方程式

天命とは、知命×立命によって決まります。

知命

ここでの知命は、己の命運(宿命)を知ることと、世の中の真理・摂理(理命)を知ることです。

知命とは「命を知る」と書きます。

一般的に知命とは、自分の命(天命)を知るということを意味します。しかしこれだけでは不十分です。

天命を生きるために知るべきは、自分自身、そして自分を取り巻く世界です。

大乗仏教では「全即一、一即全」という教えがあるように、自分と自分以外のすべては密接に繋がっています。

全の中にある自分を知り、自分の中にある全を知る。

その視座を持つことが、真の意味で天命を生きるにはとても重要になります。

己の命運(宿命)を知り、世の中の真理・摂理(理命)を知るということ。

それが「知命」です。

己の命運を知る……「宿命」を知る(含:地命、人命)
世の中の真理・摂理を知る……「理命」を知る

立命

立命とは「結果に執着することなく、今ここに集中して身を修める」という意味合いがあります。

宿命や理命を知って、その内容に満足して流されるのではなく、一心に自分の人生に集中するということです。

ここで大切なのは、この立命はあくまで知命の上にあるということです。

宿命や理命から外れるということは、自分や世の中の道理から外れることを意味します。

道理の外でどれだけ努力しても、最高の人生には辿り着きません。

これは言うなれば「自分に不向きなこと、魂レベルでは本当はやりたくないことを、世の中や他者を害しながら邁進する」ということだからです。

自分の命を立てていく、この在り方がなければ、天命を「生きる」ところまでは辿り着かないのです。

知命の深さ、立命の密度によって天命が決まる

知命が深ければ深いほど、そして立命の密度が高ければ高いほど、天命の到達点は高くなります。

天命というのは、「一点」を指すものではありません。

そもそも私たちは無限の可能性を秘めており、大前提としてどんな現実も自由に創ることができます。

天命の外にも無限の可能性があり、そして天命の範囲でも、さまざまな道とゴールが存在するのです。

天命の中でも、さらに高く遠い到達点に辿り着けるかどうかを決めるのが、知命の深さと、立命の密度です。

己の宿命を知ること、世の中の理命を知ることに、完成や完了はありません。

瞬間的に「完全に理解した」と思うことがあっても、しばらく経つと、さらに深い気付きが生まれるものです。

知命は知得ではなく、感得し、立命に落とし込むことができて、初めて人生に活かすことができます。

だからこそ知命は常に結果ではなく過程の中にあり、無限に深めていけるのです。

知得ではなく感得できるレベルで知命を深めることができれば、自分の人生、他者の人生、国や世界の盛衰を見つめる視座が上がります。

視座が上がれば視野も広がり、今までは10しかないと思っていた自分の可能性が、100も1,000もあることに気が付くのです。

そして、どれだけ視座が上がり、視野が広がっても、自分の手足、頭、心を使わなければ、人生は動きません。

天命を理解した上での「今ここ」に集中した行動が、一日のうちでどれくらいを占めているか。

その「今ここ」に集中した行動の在り方やモチベーションが、エゴではなく真我から生まれているか。

これが、最終的に天命の到達点を決める、立命の密度です。

最高の人生を生き切るために

人はそれぞれ全く異なる天命を持っています。

それなのに私たちは、共通の理想、共通の欲望を持ちます。

お金が欲しい、自由が欲しい、愛されたい、癒されたい、有名になりたい、尊敬されたい、チヤホヤされたい……

もちろん、「必要だからこそ補いたいもの」も「天命を果たすために得たいもの」もあります。

物質的な豊かさは、便利に世の中を生きるためにはあったほうがいいし、精神的な豊かさは、この世の中をより豊かに楽しむために不可欠です。

しかし、だとしても「皆と同じトロフィーを追い求めること」が、ベストな選択であるとは言えないはずです。

私の経験からしても、どんな経験も無駄にはならないというのは当然のこととして、それでも「体感」として人生に消耗感と徒労感があるとしたら、それは天命から外れた人生に大きく舵を切ることです。

天命から外れると、お金を大きく稼げても、多くの人に褒め称えられても、残るのは「こんなもんか」という虚無感だけだからです。

この虚無感は、あなたもきっと経験があるのではないでしょうか。

手に入れた途端に興味が失せる、達成したら魅力がなくなる。

これが天命から外れた結果、もっと言えば、真我と不一致な選択と行動を採った結果です。

ちなみに、天命を生きたら貧しくなるのではないかと心配する方がいます。

天命を生きれば、人生に必要なリソースはすべて揃います。

なぜなら人が天命を生きることは、他のすべてにとっても恩恵があることだからです。

そのような存在をみすみす潰すことは、全体の損失でしかありません。

だからこそ、あなたがどのように失敗しても、下手を打っても、「生かされる」ようになります。

落ちたとて、知命的なことにはならないということです。

安心して、全力で知命を深め、立命の密度を上げ、天命を生きる人生を始めてくださいね。