こんにちは、次元上昇コーチのmai(@maimecc)です。
アカデミーを開講してまだ数日ですが、ちょっと震えるくらいに参加者の方々に変化が起こっています。
「変化」の出方は人それぞれですが、その中でも「いきなり高額契約が獲得できた」というご報告。
その方の場合、アセンションを決めてから、さまざまな「ちょっとビビる出来事」が起こっていたのですが、恐れず、浮つかず、粛々と統合しながら、やると決めたことに邁進されていました。
そんな状況からの、アカデミー受講から2日で高額のご契約。
そうそう、次元が上がってくるとこういうことが起こるんだよね。それにしても鮮やかな流れで具現化したな〜と感心していたら、その方は「もちろん嬉しいのですが、良い意味で淡々と受け止めている」ととても冷静でした。

なんなら私のほうが、目覚ましいご報告に対して浮ついていたかもしれない 笑
「嬉しい成果に対して、大喜びしたり浮ついたりしない」というこの方のようなナチュラルなスタンスは、なかなか取れない人のほうが多いのではないでしょうか。
ビジネスを頑張っていればいるほど「成果が出たら大喜びして走り出す」くらいは、それなりに普通の反応だと思います。
しかし実は、「売れて嬉しい!よっしゃー!」は、自己無能感の裏返し。
本質的には「売れなくて悲しい……」と同じ分離意識なんです。
すべての結果は自分で創り出していると知っている
なぜなら、分離意識を手放していたら、「売れるという現実は自分で創り出したから、そりゃこうなる」という、自分で書いた筋書きなので、当然こうなることは知っていますという意識になります。
これは自分の現実は自分ですべて自由に創り出すことができるという万能感からくるもの。
ポジティブなこともネガティブなことも、例外なく自分が創り出すと知っているから「そこに不思議はない」んですね。
RPGゲームの主人公ではなくプレイヤー目線に立つという感覚であり、ゲームマスターのような感覚。
あるいは舞台の演出も脚本もすべて熟知している監督であるという感覚です。
これをスピリチュアルでは「自分の中の神性」と言ったりします。
「売れて嬉しい!」の大喜びの裏にあるもの
もちろん初めての契約や、初めての売上というのは嬉しいものです。
最初に言っておきますが、これは決して「喜ぶ気持ちを抑え込め」という話ではないし、「その程度の成果で浮つくな」という話でもありません。
私も起業初年度は、売れるたびに神棚に拝んでましたからね 笑
ただ、「コンビニで目当てのおにぎりを買えても、そうは喜ばないよね?」ということなのです。
なぜ、売れると喜ぶのか。
奇跡が起こったかのようにはしゃいでしまう。
信じられない!という気持ちで興奮する。
つらい努力や苦労が報われたようで感激する。
つまり、売れるということを特別視しているから、大喜びするわけです。
「売りたいと思っていたけど、まさか売れるなんて!」と、本当は自分ですべてを創り出しているのに、まるで自分の力を信じていない。
そういう在り方になってしまっているのです。
これが、多くの人の根っこにある「自己無能感」です。
自分を過小評価し、外的要因に振り回されて一喜一憂する在り方は、本質から遠いところにあります。
人生とビジネスの次元を上げ、目を醒ましながら遊ぶように売れていくためには、自分がすべてを創り出していると思い出し、ひとつひとつの感情に真摯に向き合うことはとても大切です。
売れることへの特別視を変えないとどうなるか
「売れる」ということを特別視していると、売れたときに大喜びします。
それは一見、微笑ましくて素敵なことのように思えるかもしれませんが「売れなかった」ときに、その反動がきます。
売れることを特別視するなら、売れないこともまた特別視します。
つまり、大袈裟になります。
自分に魅力がないんだ……
薄々思ってたけどライバルが強力だから……
セールスの場で嫌な顔をされてしんどい……
自分の商品に価値なんてなかったんだ……
そんな風に、派手に喜ぶ人は、派手に落ち込みます。
なぜなら、そういう方にとって、売れることもドラマティックであるなら、売れないこともドラマティックだからです。
そうした自分物語という劇場に没頭して、アップダウンの激しいドラマティックで刺激的なビジネスを、好んで創り続けることになります。
そして言うまでもなく、目を醒ますということは「これは自分の周波数の創りものであり、自分の本質のものではないと、普通に知っている」状態のことです。
そうした在り方と、ドラマティックさを求めていくことは相反する在り方ですよね。
本当に軽やかに、好きなときに好きなだけ売上を創り、ビジネスと人生を謳歌していきたいなら、こうした劇場型の人生は終えていく必要があるわけです。
本質の自分は、どんな現実も自由に創り出すことができる
嬉しいことも悲しいことも、感情に呑まれるというのは、「自分で書いた脚本を忘れて驚いたり、喜んだり、悲しんだりしている」ということです。
RPGゲームなら、「ゲームの主人公に感情移入し、ゲームの世界に没入してしまっている」と言えるでしょう。
もちろん、それが悪いわけではありません。
ゲームは楽しいものですし、映画やドラマには感動します。そのように作られています。
しかしすべて自分で創っているものなのだと知ると、「予想外がなくなる」ということなので、興醒めする人もいるかもしれませんね。
しかし、そうしてずっと外側に振り回され、一喜一憂し続けるのか。
あるいは自分で自由に現実を創り出していくのか。
こればかりは、中途半端にはできません。二つに一つです。
自分という存在をどこまでも極めていくなら、後者がおすすめです。
なぜならビジネスの楽しみやワクワクというのは、お客様と関わり、サービスを企画し、世に発信していくというその活動の中身です。
「自分で現実を創り出す」ことを選んでいけば、そんな楽しみやワクワクに水を差すような、売れるか売れないか問題、お客様対応ストレス問題、競合マーケット・トレンド問題、数字や家計の問題が、すべてなくなるわけですから。
ビジネスというフィールドに残るのは、「楽しい」と「ワクワク」だけになりますよ!