- 1 サポート事例
- 1.1 数字は順調でも、誰と深く関わるべきかの判断基準が曖昧だった
- 1.2 22年半勤めた組織を離れた日、判断の軸が変わっていることに気付いた
- 1.3 判断基準が変わった
- 1.4 「完璧に整えてから」が、恐れの言い訳だったと気付いた
- 1.5 経営判断では直感を使ってきたのに、身体は後回しにしていた
- 1.6 怖れなく価格を提示できた体感の方が、数字より大きかった
- 1.7 「自分が豊かになる」という一点だけ、許可を出し切れていなかった
- 1.8 手放したとき、余白が生まれ、次の縁が動き始めた
- 1.9 孤独に決める必要はない。その思い込みが外れてから、人との関わり方が変わった
- 1.10 絞って失敗することが怖かっただけだった
- 1.11 想定外の出来事が起こっても揺れなかった
- 1.12 断られることへの解釈が変わった
- 1.13 新しいインスピレーションを古い枠に入れると、古いパターンの結果になる
- 1.14 自分の変化は友人からの言葉が確かな証拠になった
- 1.15 頭の理解が体感に変わった瞬間、自分への確信が一段深くなった
サポート事例
クライアント様とのチャット上でのやり取りから、抜粋・整理しています。
- クライアント様の気づき、変化の変遷
- 私、エグゼクティブコーチ 大場麻以からの視点の提供
現場にいながら器を磨いていくプロセスは「内面から現実に対峙する」ことの連続であり、それが頻度高く繊細であるほど、大きく飛躍・成長します。
思考整理や壁打ちにとどまらない「悟りと覚醒のプロセス」としてのエッセンスをご覧ください。
数字は順調でも、誰と深く関わるべきかの判断基準が曖昧だった
経営として5年、数字の上では順調でした。
しかしある時、真剣にサポートしているクライアントから感謝が返ってこないことにざわつきました。
まいさんに相談すると、「受け取れない人、ノウハウは受け取っているが人間性ごとは受け取っていない人、エネルギーごと共鳴してくれる人、という3種類のパターンがある」と言われました。
その視点を得てから、誰と深く関わるべきかの判断基準が変わりました。エネルギーの使い方が変わり、事業の質が変わりました。
22年半勤めた組織を離れた日、判断の軸が変わっていることに気付いた
最終出社日、上司に「裏切り者」と言われました。
以前の自分なら引きずっていたでしょう。しかしその場で手放すことができました。
長年の組織人としての自分を脱ぎ捨て、新しいステージへ向かうための最後の関門だったと受け取りました。
20年以上、関わってくれたすべての人への感謝を胸に、握手して去りました。
まいさんとのセッションを重ねた2年間で、自分でも驚くほど判断の軸が変わっていました。
判断基準が変わった
協業の打診が来たとき、まいさんに言われていた言葉がありました。
「赤字になってもワクワクするかどうかで判断してください。見返りへの期待が混じると、損失が大きくなります」。
話を聞きながら、迷わず断ることができました。経営判断の根拠が置かれている場所が、変わっていました。
「完璧に整えてから」が、恐れの言い訳だったと気付いた
執筆した本は完成していました。それでも3週間動けませんでした。
まいさんに「完璧を整えてから出すより、まずは出して次の展開を引き起こすことの方が大切です」と言われ、執着を手放し、リリースしました。Kindleランキング3部門1位。それより驚いたのは放出後でした。
余白が生まれ、1ヶ月で15本の記事を書くことができました。
「完璧に整えてから」が、恐れの言い訳だったと気づきました。
経営判断では直感を使ってきたのに、身体は後回しにしていた
2年間、原因不明の頭痛が続いていました。まいさんに「身体の違和感も、自分が創っている現実のサインです」と言われてから、内側の声を流さなくなりました。
「この頭痛はおかしい」という感覚に従って耳鼻科へ行くと、即日で副鼻腔炎と判明しました。
仕事では直感を使ってきたのに、身体だけは後回しにしていました。
怖れなく価格を提示できた体感の方が、数字より大きかった
セールスのたびに萎縮していました。価格を提示する瞬間だけ、どこか引け目がありました。
まいさんに「縁のある方はすでに決まっています。あとは最善のタイミングで来ていただくだけです」と言われてから、ニュートラルなまま提案ができるようになりました。
数字より、怖れなく提示できた体感の方が、自分には大きかったです。
「自分が豊かになる」という一点だけ、許可を出し切れていなかった
目標を決めた途端、その日に商談が1件、翌日に2件入り、偶然ではないとわかりました。
まいさんに「稼ぐことを本当に決めていますか」と問われるまで、決めているつもりで決めていませんでした。
意思決定は得意なはずでした。ただ「自分が豊かになる」という一点だけ、許可を出し切れていませんでした。
手放したとき、余白が生まれ、次の縁が動き始めた
半年間丁寧にサポートしたクライアントが、最終セッションの最後に契約終了を告げました。ざわつきましたが、内観してみると、自分側にエゴがあったことがわかりました。
統合することで余白が生まれ、目の前の現実は過去の周波数の残響だということが腑に落ちてから、手放すことへの解釈が変わりました。その後、別の縁が動き始めました。
孤独に決める必要はない。その思い込みが外れてから、人との関わり方が変わった
「自己完結できる」と「なんでもできる」は違う、とまいさんに言われました。
「なんでもできるというのは、人の縁も含めたあらゆるリソースを引き寄せられるということです。孤独になる必要はありません」。それまで、自分一人で考え、自分一人で決めることが当然だと思っていました。
絞って失敗することが怖かっただけだった
情報発信が一向に響かない時期がありました。
まいさんに言われたのは「大衆向けに書こうとすると、面の広い槌で鐘を弱く打つようなものです。本当のペルソナだけに向けた内容にすれば、それは結果的に強く響いて遠くまで届きますよ」という言葉でした。
失敗を恐れて、絞ることが怖かっただけだったと気づきました。
想定外の出来事が起こっても揺れなかった
妻が入院しました。普通なら事業を止める理由になる出来事でした。
しかしその2週間が、執筆が最も進んだ期間になりました。まいさんに学んだ「出来事にポジティブもネガティブもない。感じ方が意味を決める」という視点が、すでに自分のものになっていました。
断られることへの解釈が変わった
サービスに興味があると言っていた方と1時間半話して、「今は必要ない」という結論になりました。
徒労感はありませんでした。まいさんに「お腹が空いていない人は、一流シェフのフルコースであってもお金を払う意義を感じない」と言われていたので、断られることへの解釈が変わっていました。
新しいインスピレーションを古い枠に入れると、古いパターンの結果になる
新しいサービスのアイデアが突然湧いてきたとき、既存の事業の枠に無理に組み込もうとしていました。
しかしまいさんから「新しいインスピレーションを古い枠に入れると、古いパターンの結果になる」と言われて、軽い気持ちでまずやってみることにしました。
声をかけた初日に、著名な経営者からトライアルの返事が来ました。枠を外したら、流れが一気に動きました。
自分の変化は友人からの言葉が確かな証拠になった
友人に「以前は固定観念の塊のように見えていましたが、マインドセットが本当に変わりましたね」と言われました。
数年ぶりに会った、自分のことをよく知っている人からの言葉だったので、余計に響きました。
自分ではなかなか変化に気づけないからこそ、そういう言葉がいちばん確かな証拠になると思います。
頭の理解が体感に変わった瞬間、自分への確信が一段深くなった
偶然再会した経営者の方に「本質に一致した生き方に変えてから、気づけばお金も時間も豊かさも巡るようになった」と言われたとき、まいさんがいつも言っていることが体験として腑に落ちました。
頭の理解が体感に変わった瞬間、自分への確信が一段深くなりました。






