こんにちは、エグゼクティブコーチの大場麻以です。
「悟りと覚醒を深めるとどうなるのか?」
「どんな良いことがあるのか?」
そう感じるのはある意味当たり前のことです。
「僧侶でもないし、出家する予定もないのに意味があるのか?」
「数字と人に日々向き合わなくてはならない今の自分に、どんな価値があるのか?」
そのように感じられるかもしれません。
ここでは、経営者や起業家、世の中のリーダーたちが、悟りと覚醒を深めるとどうなるのか。
詳しくご説明します。
そもそも「悟り」と「覚醒」とは
「悟り」とは?
「悟り」とは、迷いがない状態を指します。
ここで言う「迷いがない」とは、「迷いという概念そのものがない」状態です。
煩悩を消し去りたいと思うとき、人は「煩悩という概念がある世界」を生きています。
迷わない自分になりたい、迷いによるストレス、失敗、ロスを減らしたいと願うときもまた「迷いという概念がある世界」を生きているのです。
あなたは日頃、空を飛べないからと言って、思い悩んだりしませんよね。
それはつまり、「人が空を飛ぶ」という概念自体がないからです。
なので、「どうすれば空を飛べるか、なぜ自分は空を飛べないのか、どうすれば飛べない自分を辞められるか」なんて考えません。
「悟り」が深まると、迷うということがどういうことか、分からなくなります。
なぜなら、「答えはすでに知っている」という境地だからです。
覚醒とは?
「覚醒」とは、真理を思い出し、調和の意識で創造力を発揮している状態を指します。
真理とは何かというと、この世はすべてひとつの場所から生まれており、遡れば万物はひとつであるという物の見方です。
悟りと覚醒は似ていますが「覚醒の一部に悟りがある」とお考えください。
世の中には真理を表す教えが、すでに多数あります。
不二……自分と他人は別個の存在に見えるが、本質的には分けられないという「非分離」の考え方
梵我一如……宇宙の根源(ブラフマン)と、個人の真実の自己(アートマン)は同一であるというヒンドゥー教の思想
一即多・多即一……一(個)は多(全)であり、多は一である」という華厳宗の教え。
万物斉同……良い・悪い、自分・他人といった区別を捨てれば、すべてのものは等しく一つであるという荘子の思想
道(タオ)……宇宙の根源的なエネルギー。万物はここから生まれ、ここへ還っていくという「一筋の大きな流れ」そのもの。
八百万の神……あらゆるものの中に神性があるという日本的な思想
このように見ると、さまざまな時代のあらゆる国において、すでに人間は同じ答えに辿り着いているということがわかりますね。
それでも今生きている私たちに浸透しないのは、そもそもそうした教えが「宗教的である」として遠ざけられ、学ぶ機会がないこと。
そして思想そのものを「実生活・実社会に役に立たないもの」として、どこか軽視しているからであると言えるでしょう。
こうした真理を、ただの哲学的な物の見方のひとつ、学びのひとつとして消化するのではなく、「まさにその通りである」と腹落ちし、その真理が意識のベースにある状態で生きていることを「覚醒」と言います。
このように言うと「覚醒というのは特別で難しいことなんだ」と感じられるかもしれませんが、実は誰もが生きているだけで、覚醒が進んでいます。
親の有り難さを知る、努力の大切さを知る、覚悟の在り方を知る……
そうしたひとつひとつの気付きが真理に繋がる「覚醒」です。
しかしそれでは挙げたような真理には中々届きませんよね。
そのため私がここで言及している覚醒とは、「飛躍的に段階を進め、深まった覚醒」のことを指します。
経営者としての変化と成長
では悟りと覚醒が深まった経営者には、何が起こるのか?
徳がありながら、自由な創造力を発揮するようになります。
人間としての徳が高まり、いわゆる人間力・社長力が上がります。
あなたに特別な肩書きや実績が、あろうとなかろうと、
「よくわからないが、すごい人だ」
「なんて素敵な方なんんだ」
「この人ともっと一緒にいたい」
と、古来の著名な徳のある経営者が人々から寄せられるような、尊敬と親愛を向けられるようになるのです。
そして真理を理解し、源意識と繋がっているため、調和の意識で自由で軽やかな創造力を発揮するようになります。
どんなビジョンでも「望めば実現できる」という前提の中、まるで難しさとは一切無縁であるかのように、簡単に物事を形にしていきます。
徳がありながら、自由な創造力を発揮する。
それはどのような経営者かと言うと……
「老子のような在り方をもって、ウォルト・ディズニーのように理想を現実にする人」
「稲盛和夫のような在り方をもって、イーロン・マスクのように自由奔放に創造する人」
です。
どれほど知識を豊かに獲得し、能力を高めても、手にいれることができない・到達することができないの領域が、「悟りと覚醒」によって自分の現実となっていくのです。
悟りと覚醒によって獲得できるエッセンス
ではあえて「何が手に入るか」を言語化するなら、悟りと覚醒が深まることで、どのような結果・状態・能力が手に入るのでしょうか。
ごく一部ではありますが、私がよく説明しているエッセンスを掲載します。
思考プロセスを凌駕する至高の直観力
投資ミスと無縁になる悟りメンタル
ストレスを瞬時に消す真のレジリエンス
愛を源泉とするお金の引き寄せ力
競争と人間関係の不安からの自由と解放
人の心を震わせる魂レベルの人望と影響力
宇宙が助けに入る本質に一致した在り方
どれも喉から手が出るほど欲しいと思われるかもしれませんが、一番重要且つインパクトがあるのは、実はもっとも抽象的である一番下の「宇宙が助けに入る本質に一致した在り方」です。
「宇宙」は「天」と読み替えていただいて構いません。
この宇宙が助けてくれるというのはつまり、天命が続く限り生かされるということです。
たとえ人が離れようと、キャッシュが目減りしようと、それはすべて次の大きな好転と飛躍に向けた「整理」または「成長課題」に過ぎないということ。
そしてそれを理解し、宇宙全体の大きな流れは、常にプラスの方向へと流れていると知っているからこそ、それを信頼して目の前のことに集中するだけで良いと理解している。
これが「悟りと覚醒」が深まることで得られれる、絶対的な心の平穏なのです。
時間をかけて、器を育てる
悟りと覚醒を深めるには、ある程度の時間がかかります。
しかし風の時代という後押しもあり、昔に比べれば、多くの人の悟り・覚醒の速度は加速しています。
つまり、あなたがもし社長力、人間力、そのための器を育てるには、長い時間、膨大な経験と労力が必要で、「その境地に至るのはきっと晩年なのだ」と思っていらっしゃるとしたら、この時代においては、決してそんなことはないと強く申し上げておきます。
ぜひ自分の在り方を磨き、高める道を着実に進んでください。


























